現場を読む

■ 第40回(2011.01.20):職場で「純文学」を応用する

ビジネスコーチの橋場 剛です。

先日、第144回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)が発表されました。

芥川賞はいわゆる「純文学」作品を対象とした新人作家に与えられる賞ですが、 私は10年ほど前から、年に2回発表される芥川賞受賞作品を 毎回読むことにしています。

なぜ芥川賞の受賞作品を読むのか?と訊かれれば 半分は単なる趣味としてですが、 半分は仕事のヒントを得るためだったり、 言語能力を鍛えるために読んでいます。

芥川賞のような文学作品と、リーダーシップ強化や組織活性化を目的にする ビジネスコーチングとは一見なんの関係もなさそうですが、 両者は1つのキーワードで密接に関連していると考えています。


それは、

◆最適な言葉の取捨選択

というキーワードです。


今回は企業のリーダーや管理職が、優れた純文学作品から どのような視点を学べるのかについて考えてみたいと思います。


■1.どのような「言い方」をすると「どのように感じられる」のか
どのようなビジネスや社会的活動においても、 まずは「言葉」から構築されるという事実を想起するだけで、 私たちは「言葉」の重要性を容易に再認識することができます。

ただし、日常の組織や職場にゆらゆらと漂うのは「活字」だけではなく、 多くの場合は「音声」を伴った「言葉」です。

耳の不自由な方の場合は「手話」がその役割を果たしますが、 その場合でも「手話」を成立させる前提には「言葉」があります。

想像してみてください。

いまあなたの職場で、あなたの目の前に座っている同僚が いつもと違って元気がない様子だったとします。 あなたはその同僚のことを気にかけて

「なんだか元気がないみたいだけれど、どうしたの?」

と声を掛けてみることにしました。 でもその同僚はあなたの言葉に対して無反応だったとします。 この場合、多くの人がまず取る行動は何でしょうか?

おそらく多くの場合、まずは

「いったい、どうしたんだろう?」

と自問してみるのではないでしょうか。

そして、あなたは、

「さっき自分が話しかけた言葉は相手に聞こえなかったのかな?」
「しばらくそっとしておいてあげよう」
「『元気出しなよ』なんて言ったら逆効果かな?」

などといろいろな「可能性」を頭の中で思い巡らせ、 声を掛けるかどうか、 励ますかどうか、 ここは黙って見守るべきかどうか、といったことを 瞬時に考えると思います。

相手との人間関係が重要であればあるほど、 その相手とどんな関わり方をすればいいかはとても重要で、 当然、あなたはその場にあった最適な言葉をセレクト(選択) する必要があります。

このとき、あなたの中の「単語帳」が充実していればいるほど、 相手にとって最適な言葉を投げかけられる、もしくは相手のためになる 行動を取れる可能性が高まる、ということになります。

小説が「活字の羅列・組み合わせ」であるとすれば、 職場は「対話の積み重ね」です。

優れた純文学作品はいわゆる「てにをは」から句読点の打ち方にまで 細部にわたって配慮がなされていたり、書き手の意図が何らかの形で、 例えばメタファー(暗喩)やアフォリズム(箴言)という形を借りて 投影されていたりします。

そこで使われる1つ1つの単語には少なからず「意味」があります。

作品の中に
「どのような会話が“どのような言葉で”書かれているか」

という点が純文学作品の重要な要素の1つであるとすれば、 今後、みなさんの小説における会話文の読み方も 今までとは違ってくるかもしれません。


■2.「行間を読み取る力」を養う
優れた純文学作品には必ず作品の底に流れるテーマがあります。

言い換えるとその作品が「書かれなければならなかった理由」や 作者の持つ「強い衝動」が、いろいろな表現で結晶化されている場合が 少なくありません。

しかしながら、そのテーマは決して作品の中に 「明示」されることはありません。

例えば、ある作品が

<どんなに辛い人生でも、どんなに仕事がつまらなくても、 自分自身を信じて、自分らしく生きてくことが重要だ!>

というようなことを伝えたい作品であったとしても それが直接的な言葉で作品の中で説明されたり、 強調されることは決してありません。

それと同じように、 「聞こえてこない言葉」の中に本質が見え隠れする というのがまさに「職場」です。

このメルマガ読者のみなさんも、 きっと「声に出して言いたいけれど、職場では言えない本音」を 山ほど胸の内にしまいこんでいるのではないかと想像します。

理不尽な上司への激しい怒りや憤り。 成果を出せない部下へのいらだち。 自身の評価や待遇に対する不満。 頑張っても「誰も自分のことを認めてくれない」という喪失感や諦め感。

そうした感情は決して言葉になって職場で「表出」することはありませんが、 職場の生産性の高低にものすごく影響を与えうるこれらの感情が 職場の中では常に渦巻いているわけです。

それを感じ取れるかどうか。
行間を読むことができるかどうか。

「空気を読む」ことと「行間を読む」ことは少し違います。

前者は、
「その場の雰囲気から自身に期待されている言動を考えること」であり、
後者は、
「使われた言葉の中に隠された真意や別の解釈を読み取ること」です。

「本質は細部に宿る」などと言われますが、 優秀なビジネスパーソンは、メールや手紙の文章なども実に気が利いていて 言葉遣いに細やかなこだわりを持つ人が多いように思います。

例えば、「その仕事は、○○さんを使おう」 などという言葉を平気で使う人がいますが、 こんな無防備な一言が周囲のモチベーションを 一気に低下させてしまったりすることもあります。

■3.「重要だけれど、言葉になっていないこと」は何か、を考える
「重要だけれど、言葉になっていないこと」
「顧客・社会の二―ズがあるけれど、まだ商品化されていないこと」
を見つけようとすることはどんなビジネスでも重要です。

その代表例が27年前に登場した「ウォークマン」であり、 昨年2010年の例でいえば「食べるラー油」などが それに当たるのかもしれません。

何千もの作品の中から選び抜かれた芥川賞受賞作品は、 「重要だけれど、言葉になっていないこと」 を言葉で表すことにチャレンジし、それに成功しているからこそ 受賞作品として評価されているのだと考えれば、 著者がなぜこのような題材を取り上げたのか、 作品を通じてどのようなことを表現したかったのか、 を考える機会を提供しうる、とても貴重な場だとも言えます。

小説を評価する際に、よく「読後感」という言葉が使われます。

「読後感がいい作品」と「読後感が悪い作品」があります。

「読後感」というのは一見便利な言葉ですが、 「読後感」というものの実態は人それぞれで、 読み手によって十人十色だったりします。

決して「読後感」の中身が「具体的な言葉」で 説明されることはありません。

これまで誰もが言葉で表現できなかったことを今の時代に合った形で、 ときにイキイキと、 ときにドロリとした手触りで活写することに成功した作品にこそ 独特の読後感が宿ります。

あなたが組織のリーダーだとしたら、 あなたが部下を育成する立場の管理職だったとしたら、 「まだ着手していないけれど、組織活性化に有効な発想・行動は何か?」 という問いを自身に投げかけることが最初の「次の一手」 かもしれません。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

おまけ

この10年間(2000年~2010年)で芥川賞を受賞した作品は
計23作品ありますが、ご参考までに私が選ぶベスト3はこちらです。

皆さまにとってのベストは何ですか?
私宛にメールで教えていただければと思います。

皆さまにとってそして私自身にも、新たな発見があるかもしれません。

■絲山秋子氏著「沖で待つ

■青山七恵氏著「ひとり日和

■赤染晶子氏著「乙女の密告