現場を読む

■ 第9回(2008.10.02):「語られなかったことは何か?」を“見える化”する

 ビジネスコーチの橋場 剛です。

 最近読んだ短篇小説に『巡礼者たち』(※)という作品があります。
 エリザベス・ギルバートというジャーナリスト出身で
 ニューヨーク在住の女性作家が書いた、
 人生の喜びや悲しみを実にシンプルな文章で巧みに切り取った作品です。

 その中に「デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと」という
 いっぷう変わった短篇があります。
 (原題は「The Many Things That Denny Brown Did Not Know(Age Fifteen)」)

 物語は、こんな書き出しで始まります。

 「彼のせいではないのだが、デニー・ブラウンは、両親のことも、
  両親の仕事のことも、よく知らなかった。

  両親はどちらも看護の仕事に携わっていた。
  母親はモンロー記念病院のやけど治療チームの看護婦で、
  父親は個人の家庭に出張する訪問看護士。

  もちろんデニーは、それぐらいは知っていたけれど、
  それ以上のことは、ほとんど知らなかった。」
 
 一読して分かる通り、「知っていること」ではなく、
 「知らなかったこと」について書かれている珍しい描写方法です。

 物語は冒頭のみならず、作品の最後まで
 「・・・のことは、分からなかった」
 「・・・のことは、知らなかった」と続いていきます。

 とにかく「知らなかったこと」について書かれているので
 論理的に考えると、デニー・ブラウンが知っていることは何か?
 はまるで分らないはずなのですが、「知らなかったこと」が
 書かれることによって、不思議とデニー・ブラウンの知っていることが
 行間から立ち上がってくる感じがしないでしょうか。

 組織力強化や組織の目標遂行力を高めるうえでの
 ヒントが実はこの作品に隠されています。

 企業組織が抱える課題解決のためにご相談をいただくときには
 できるだけ事前にキーマンの方々にヒアリングをさせていただいています。

 クライアント企業がどのような目的で、
 どのようなゴールに向かって、
 どのような課題を解決したいのかを知るために。

 会社の現状を多面的に把握するために、ヒアリングは通常、
 あらゆる階層の複数の方々に対して実施します。

 あるクライアント企業で
 「Y事業部の今期のゴール(目標)と長期のゴール(目標)は何ですか?」
 と質問したときにこんな答えが返ってきました。
 いずれも同じY事業部に所属するリーダーの方々のコメントです。

 ■A部長:「今期のゴールは売上○○億円、経常利益の目標は○○円です。」
      「長期のゴールは、新規事業を軌道に乗せることです。」

 ■Bマネージャー:
      「今期のゴールはたしか売上○○億円だったかと思います。」
      「長期のゴールは、う~ん、ちょっと分からないです・・・」

 ■Cマネージャー:
      「今期のゴールも長期のゴールも、
       うちの会社はコロコロ変わるんですよねぇ。
       ちょっと資料を見てみないと分かりませんねぇ」

 Y事業部は果たして今期のゴールを達成できるのだろうか?と
 私は非常に疑問を感じました。

 私が注目したのは「語られなかったことは何か?」という点です。
 3名のリーダーの発言から読み取れる事実は
 (1)今期のゴールを明確に認識しているのは、A部長だけ。
 (2)少なくともA部長、Bマネージャー、Cマネージャーの間では
    ゴールが十分に共有化されていない。
 (3)3名のうちいずれかが、Y事業部のゴールに関して
    誤った認識を持っている可能性がある
 といった点です。
 (※もちろん上記3点以外にも読み取れる事実はいくつかあります)

 一連のヒアリング終了後、
 A部長に上記の事実を率直にフィードバックしたところ、
 A部長は一瞬ハッとした表情になり、
 「確かにリーダー間でゴールが共有化されていないかもしれませんね…」
 と少しバツが悪そうな、気まずそうな顔つきになりました。

 決して表面化されることはないものの
 組織力の低下につながりかねない深刻な問題というのは
 常にチームの中に内在しているものです。

 例えば、こういう「心の声」です。

 ○チーム力が発揮されない問題点は分かっているけれど
  それを言葉にして周囲に伝えてしまったら
  チームの士気やモチベーションが下がってしまうだろう。
  ここは1つ、あえて飲み込んで言わないことにしよう。

 ○チームの課題を共有化してしまうと、
  自分がその解決の責任を負うことになりかねないから
  黙っておこう。きっと誰かがやってくれるだろう。

 このような「心の声」を招く根本的原因には
 いろいろ考えられますが、最もありがちな原因は
 「チーム・組織の中での情報共有が不十分であること」
 です。

 経営幹部が決めた方針がタイムリーに組織全体に情報共有されないと
 「どうせ、経営幹部が勝手に決めたことだから、自分たちには関係ないんだ」
 といった当事者意識の低下につながる、といったことはその顕著な一例です。

 もちろん情報共有がされたからといって、課題解決の責任を負おうとする人が
 増えるというほど物事は単純ではありません。

 けれども、十分な情報共有がなければ、
 そもそも解決すべき課題も分からないため、
 「課題解決の責任を自分が負う」といった
 自発的行動を期待することは到底できません。

 ビジネスコーチや組織力強化を担う方は、
 特定の人物の特定の表面的な言葉に引きずられることなく、
 次のような疑問を常に意識しておくことが重要です。

 つまり、
 ■どのような情報が、誰と誰との間で共有されていないのか?
 ■共有される情報の内容にギャップが生じているのはなぜか?
 ■チームの中で語られることは何か?
 ■チームの中で語られないことは何か?
 といった点にアンテナを張り巡らせることが求められます。
 これらの点を的確に言語化=見える化できるということは、
 ビジネスコーチとしての大きな付加価値の提供にもなります。

 あなたのチームや組織では
 ゴール(目標)についてどのくらい共有化されているでしょうか?
 またチームの中であまり語られないテーマがあるとしたら
 それは何でしょうか?

 「言語化されていないこと」に目を向けてみることも
 組織遂行力を高めるうえでの重要な視点の1つだと思います。

 ※エリザベス ギルバート (著)『巡礼者たち』
 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4105900072



■ ビジネスコーチの目

 ◆ 「マンネリ化」する情報共有

 情報共有の効果的な方法として
 これまでに多くの企業に次の「4つの質問」の実践を
 推奨してきました。

 【1週間の自身の仕事について】
 1.うまくいったことは何か?
 2.うまくいかなかったことは何か?
 3.うまくいかなかった原因は何か?
 4.次の一手は何か?

 しかしながら、多くの企業ではこの方法による情報共有の
 限界に頭を悩ませているケースが少なくありません。

 要するに「マンネリ化」です。
 同じやり方を続けていても、飽きてしまうというわけです。

 「マンネリ化」による最大の弊害は、「無関心」です。
 共有される情報に興味がなくなり、
 「自分には関係ない」とか「どうでもいいや」と思ってしまう状態です。

 組織に属するすべての人に組織のゴールや課題に対して
 高いレベルの関心を持ち続けてもらうのはほぼ不可能に近いですが、
 組織の大多数のメンバーに「それなりの関心」
 を持ってもらうことは、マネジメントのほんの少しの意識変革と
 ほんの少しの工夫次第で十分可能です。

 情報共有のマンネリ化で悩んでいる企業の担当者にいつもお薦めするのは、
 「遊び心」を加えた「オリジナルのやり方での情報共有」を行うことです。

 例えば
 「最近、夢中になっていること(=マイブーム)」といった
 みんなが興味のあるテーマを加えて「4つの質問」を
 「5つの質問」に変えてみる などです。

 「伝えること」と「伝わったこと」はイコールではありません。
 「伝えること」と「伝わったこと」をイコールに近づけるためには、
 まずは情報の受け手(聞き手)の興味・関心を高めることです。
 情報の受け手の興味・関心を高めることができれば、
 興味のない情報も受け取りやすくなります。

 なんとなく組織における情報共有がマンネリ化していると感じたら、
 新い情報共有の仕方を試してみる価値があるかもしれません。